研究関心1(科研費)

歴史観の相克にみる新疆の民族問題

タイトル

「歴史観の相克にみる新疆の民族問題」

(JSPS科研費24710297課題、若手研究(B)、2012-2014年度)

研究目的

本研究の目的は、中国新疆ウイグル自治区の民族問題を、歴史認識の面から検証することである。なぜ新疆においてウイグル族と漢族との間で衝突が生じるのか。この問いに答えるために、現代中国においてウイグル族の歴史が、体制側と少数民族側でそれぞれどのように語られてきたかを考察し、この二つの「歴史」の相克を軸に、新疆の民族問題を捉え直す。

具体的には、20世紀前半、1950年代、1980年代の時期設定を行い、(1)体制側によるウイグル史の語らいが次第に硬化していく状況を明らかにし、(2)80年代にこのナショナル・ヒストリーに対抗する形で、ウイグル族自身の手による歴史の再構築が行われたことを明らかにする。

研究の学術的背景、着想に至った経緯、国内・国外の研究動向及び位置づけ

年夏に新疆ウイグル自治区で発生した「ウルムチ事件」は記憶に新しい。広東省の工場で生じたウイグル族労働者殺害事件が発端となり、真相をあいまいにする当局への不満がウイグル族の間で強まった結果、7月にウルムチ市の中心部でデモが繰り広げられ、大規模な衝突へと発展した。このウルムチ事件のみならず、漢族とウイグル族との衝突はこれまで幾度と生じてきた。当局はこれらを「反革命武装暴乱」、「民族分裂主義者の破壊活動」として徹底的に鎮圧してきており、民族問題が国内統治の安定性を脅かす大きな要因となっている。

政府は中華民族を構成する各民族は全て平等であると主張するものの、体制側が示すナショナル・ヒストリーでは、ウイグル族が文化的、経済的に漢族よりも遅れた民族として描かれる。新疆は2000年前に漢王朝が都護府を置いた時代から中国の不可分の領土で、ウイグル族は過去に独立王朝を樹立した事がない、と語られる事に対するウイグル族の失望の念は想像に難くない。このような状況で、改革開放後の1980年代にはウイグル族自身による歴史叙述の誕生が熱望されるようになり、多くの歴史書・歴史小説が生み出された。中でも特筆すべきはトルグン・アルマスという人物が描いた歴史書『ウイグル人』(1989年出版)であった。トルグンはその著作の中で、ウイグル族は8000年の歴史を持ち、民族の故郷は現在の新疆を中心とした中央アジアであり、祖先は多くの高度な文明を有する独立王朝を築き上げてきた、という内容を記した。これはそれまで語られてきた体制側のナショナル・ヒストリーの主張を正面から否定したものであった。両者の歴史観の相克は現在も続き、民族間の軋轢を生む要因の一つとなっている。

筆者はこれまでに、この歴史書『ウイグル人』のナラティブ分析を中心に、80年代のウイグル史構築のプロセスを研究してきた。また平成18年から21年には科学研究費補助金・基盤研究(B)「近現代テュルク諸語文献を中心とする内陸アジア歴史資料リソースの構築」(課題番号:18401020、研究代表者:菅原純)に研究協力者として参加し、2006年と2008年の現地調査において、ウイグル族歴史家に対するインタビュー、歴史文献の収集を行った。本テーマに関する研究蓄積は十分に存在する。

本テーマは、先行研究の乏しい分野といえる。中華人民共和国期の新疆の民族問題を扱った先駆的業績として毛里和子(1998)があり、またウイグル人のエスノ・ナショナリズムと、地域や社会集団によって様々に異なる彼らのアイデンティティとの関係を検討した、J.J.ルデルソン(1997)の人類学の立場からの意欲的な研究も存在する。加えて改革開放期におけるウイグル文化の復興を扱った研究としては、歴史学的、文化人類学的成果が出てきてはいるが、全体像が明らかにされているとは言い難い。ウイグル・ヒストリーと中国ナショナル・ヒストリーの対抗関係を扱った論文としては、ボビンドン(2004)の論考があるが、本格的な研究はこれからと言える。つまりこれまでの先行研究においては、貧困や不平等といった経済的要因、自治の形骸化といった政治的要因から、民族間の衝突や軋轢に対する分析が行われてきた。しかし本研究課題では、歴史認識に焦点を当て、文化的側面から新疆の民族問題と分析する点が新しい。

【参考文献】

(ウイグル語)

Almas, Turghun. 1989. Uyghurlar. Shinjang Yeshlar-Ösmurlar Neshriyati. (トルグン・アルマス『ウイグ人』新疆青少年出版社)

(日本語)

毛里和子『周縁からの中国―民族問題と国家』東京大学出版会、1998年。

(英語)

Gardner Bovingdon.2004.Contested Histories, Frederick Starr,ed.2004.Xinjiang: China’s Muslim borderland, M.E.Sharpe Inc.

Rudelson,Justin Jon.1997.Oasis Identiyies:Uyghur Nationalism Along China’s Silk Road,Columbia University Press, New York.

研究期間内に何をどこまで明らかにしようとするか。

本研究が明らかにするのは大きく分けて、以下の2点である。

(1)体制側のウイグル史の変遷

民国期(20世紀前半)、中華人民共和国建国初期(50年代)、改革開放期以降(80年代以降)で、体制側によるウイグル史が、漢族中心の歴史観に移行していく様とその背景・論理を明らかにする。

民国期の歴史家曾問吾は、宋と明の時代には西域には中央の権力が及ばず、清の時代になって新疆はその領土に組み込まれたとする (曾:1936)。しかし中華人民共和国期に入ると、新疆は古代より一貫して中国の一部であったと強調されるようになる。さらに50年代には、清朝の新疆征服は「併合」あるいは「併呑」と表現されるのに対して、80年代には「統一」と表記され、統治の正当性を強調する形に書き換えられている。

(2)80年代のウイグル史の再構築状況

a.1980年代のウイグル史の再構築が、ウイグル族知識人たちのいかなる意識と意図の下に進行したかをインタビュー調査を用いて分析する。

b.80年代に生産されたウイグル史に関する歴史書、歴史小説のナラティブ分析を行い、20世紀以降の思想的系譜を明らかにする。

新疆では改革開放以降、文革期に抑圧されていた少数民族文化の復興が政府によって促進されるようになり、ウイグル族知識人たちの主導の下で自民族の歴史を発掘し、再構築するための様々な活動が展開された。歴史家や作家らによるウイグル民族史を題材とした作品(オトクル:1985など)の生産はその代表例である。これら知識人の活動の背景には、新疆への漢族の大量流入、漢語化が進む現状によって、民族アイデンティティが喪失してしまうのではないかという危機意識があると考えられる。

【参考文献】

(中国語)

曾問吾『中国経営西域史』商務印書簡、1936年。

新疆維吾爾自治区教育委員会新疆歴史教材編写組『新疆地方史』新疆大学出版社、1993年。

(ウイグル語)

Abdurehim Ötkür.1985.Iz, Shinjiang khelq näxriyati.( アブドレヒム・オトクル『足跡』)

…1910から1930年代の現地テュルク系ムスリムの抵抗運動を題材とした本格的歴史小説。表現の自由が制限される中で、小説という表現方法は作者の主張を滲ませるに適した媒体であった。

当該分野における本研究の学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義

本研究では、ウイグル語の現地資料を用いる事を強調したい。政治学的なナラティブ分析の手法を用い、かつウイグル語を使用する研究は極めて希少である。また、ウイグル族と漢族の歴史認識の相克を分析することで、両者によって「歴史」がいかに利用されてきたか、歴史認識が民族間の対立をいかに助長したか明らかできると考える。本研究課題は、民族問題における「歴史」の役割について、新たな視点を提供するものである。